約束を守る

森田ゼミの三原則その1

私のゼミには共有すべきいくつかの行動原則があるが、最も大事なものが3つある。その筆頭が、約束を守るというものである。

約束とは己の価値観の表明

ここでいう約束とは、誓約というよりも確約、英語でいうところのコミットメントに近いものである。つまり、約束とは、何らかの目的や目標を達成するために、己の能力と保有資源を投入すること、そしてその結果や成果がどういう水準を満たすものであるかについて、誰かに保証することである。

約束するということは、確約した目標と、それを保証した相手の双方を、自分が大事なこと大切なものとみなしているということの意思表明でもある。世の中に対して、自分自身の価値観を示すものであると言ってもよいかもしれない。

約束を破るということはその内容と相手を軽視しているということ

約束を破るということは、その内容や対象に対して、もはや重視しておらず軽く見ているということを証明することになりかねない。百歩譲っても、私は自分の能力と活用可能な資源に関して、甘い見積もりしかできない愚かな人間であると表しているようなものである。

約束を守れない、守らないということ。それは、約束した内容や、約束した相手を軽視しているというあなたの価値観を伝えること。それゆえに、そういった行為ほど、世間や相手からの信用を失わせるものはないのである。

信用を失うということが意味しているもの

自分が軽く見ている相手やものから、大事にしてもらおうとか、期待してもらおうなどと考えるのは虫が良すぎる考えである。信用を失うということは、今度は相手から何の約束もしてもらえないということ、周りからどうでもよい軽い存在と見なされかねないことを意味している。

だから、できない約束はしない。難しい約束でも一旦口にしたからは、それを守るべく最大限の努力をする。それ抜きで他人の信用や信頼を勝ち得ることなどできない。

周囲からの信用なしで生きていくのは、手すりも欄干もない丸木橋を一人きり目をつぶって歩いていくようなものである。

自分との約束を守る

さらに大事なのは、自分自身との約束を守るということである。

人間には己が守るべき信条や行動原則が必要だ。それがなければ、世の中に対してどう向き合ってよいのかわからず、ただただ流されるだけの人間になってしまう。そして、そういった信条や行動原則こそがその人の価値観を表すものでもある。

やると決めていること、絶対にやらない、あるいは手を出さないとこだわっていること。他人との約束を守るということもそうだ。そういった自分との約束を守れず、自分の信条などをないがしろにしてしまう人は、自分自身の価値観、そして己自身を壊していくことになってしまう。

他人はもちろん、自分自身すら信用できなくなった時、この世は生き地獄となってしまうのではないだろうか。


約束を守る。それは、大事な自分自身を守ること。

大切なゼミ生たちには、それをわかってもらいたい。