判断に迷った時には、未来の自分に尋ねてみるといい

「やった時の後悔」と「やらなかった時の後悔」のどちらが大きいかを

人生は二択問題の連続

人生における選択や決断というものは、突き詰めて分解していけば全て二択問題である。買うか買わないか、やるかやらないか、引き受けるか断るか、などといった二択問題、言い換えればYes/Noクイズが次々に目の前に突きつけられてきては、それに答え続けて行かざるを得ないのが人生である。

二択問題に答える時に、私たちの本能は、できればその瞬間に(そうでなくともできるだけ近い未来に)、自分により快楽や快感をもたらしてくれそうな選択肢の方を選ぼうとする。

刹那的に短期的な快楽を選ぶのが本能

だからこそ、たとえ腹回りが気になっていたとしても目の前に出されたデザートを刹那的に平らげてしまったりするし、禁煙しようとしている人もあと一本だけと言いながらいつまでたってもタバコをやめようとはしなかったりする。

子どもの頃を思い出してみるとよい。親からは勉強しろとか、嫌いな野菜も食べなさいとかうるさく言われたかもしれない。しかし、子どもの自分は、好きなことや楽しいことだけやって毎日過ごしたいとか、美味しいものや甘いものだけをお腹いっぱい食べることができたらいいのにとか思っていたのではないだろうか。

朝三暮四を笑えない

私たちは、目の前の小さなプラスマイナスには衝動的に心を突き動かされる一方で、長い目で見た時の大きな損得にはあまり目が向かない傾向がある。朝三暮四という故事があるが、近視眼的な猿のことを笑える人は少ないだろう。

寝る前の歯磨きをサボれば、その時は楽をできたような気になるかもしれないが、やがて虫歯の治療で痛い思いをしたり、あるいは歯を失ったりしてみて初めて、なぜ歯磨きをしなかったのかと過去の自分を責めることになるかもしれない。

呑気に怠惰に浸りきる

もう一つ、われわれには選択を先延ばしにしたがったり、できれば選択や判断などせずに済ませられたらよいのにと願う傾向がある。呑気に現状に浸っているのが一番、何事もないのが最高と思いたがるという性向だ。

つまり、本能に従っている限り、刹那的に快楽を選んだり、怠惰に現状に浸りきったりする傾向が人間にはある。

未来の自分に聞いてみる

そこで、提案である。

人生における二択問題に直面した時、今の自分に答えを聞く前に、未来の自分に尋ねてみるようにしてはどうか。それをやった時の後悔と、それをやらなかった時の後悔のどちらが大きいのか。5年後の、10年後の、30年後の自分に。

30年後の自分が小学生の自分に対して、学校にも行かず勉強なんかせずに呑気に遊んで暮らしていればよいとか、好きなお菓子とジュースだけ飲み食いしていればよいとか助言することがあるだろうか。

毎晩ベロベロになるまで飲んでは、締めのラーメンを大盛りで平らげている本人に、成人習慣病に悩まされている10年後の自分は、果たしてもっとやれやれとけしかけるだろうか。それとも厳しくたしなめるだろうか。


未来の自分の目を通して今を見つめながら、人生の二択問題に向き合ってみよう。刹那的に堕落や怠惰に向かいがちな本能に打ち克つ手助けになるはずだから。未来のあなた以上に、今のあなたのことをよくわかった上で、心から親身になって助言してくれるアドバイザーはこの世にはいないはずである。