心というわが家を綺麗に保つ

怒りや恨みといった負の感情への向き合い方

自分の家が汚れていることに耐えられるか

自分の家や個室に見るからに汚いゴミ、あるいは悪臭を放つ汚物があったとしたら、あなたならどうするだろうか。

私なら一刻も早く片付けて快適な環境を取り戻そうとする。そうしなければ、ほかならぬ自分自身にとって不快な状態が長く続くだけだからだ。すぐ片付けていち早くスッキリするに越したことはない。

ましてや、自ら部屋を汚してあえて不快な状態を作り出そうする人はまずいないだろう。少なくとも私は、ゴミはきちんとゴミ箱に入れるし、ましてや自分から部屋の中に汚物を撒き散らそうなどとはこれっぽっちも思わない。

たいていの人はこのような考え方や感じ方に共感してくれるのではないだろうか。

心はあなたの家

家が物理的な世界におけるあなたの住まいであるように、心は精神的な世界におけるあなたの家、マイホームである。あなたは生まれてからずっとそこに住み続けてきたし、そこから外に出たこともない。そして、引越しをする可能性もない。

だとしたら、自分の心というマイホームをなるべく住み心地の良い快適なわが家にしたいとは思わないだろうか。

心を汚す習慣

ところが、己の心に汚物をぶちまけ、そのままにしておくことを習慣にしている人がいる。そういう人は、怒り、恨み、あるいは妬みといった負の感情を抱き続けることで、心というわが家を汚し続けているのである。

誰かに対して怒りを覚えたり、あるいは恨みを抱いたりすることで、本人は自分自身を正当化することができてホッとしているのかもしれない。悪いのは他人だと決めつけることで、彼らに裁きを与えているような優越感や快感を覚えているのかもしれない。

しかし、そのような感情が発生している場所は、その人の心の中しかないのである。自分で自分の心を汚し続けて、そのことで最も不快な思いをするのは自分自身なのに、そのことに気づいていない。

心を汚さない

負の感情は、あなたの心を汚すだけのものでしかない。それで被害や迷惑を被るのはあなた自身なのである。ならば、最初から汚さないことを心がければよいし、もしも汚れた場合はさっさと掃除してしまえばよい。

気がついたら、汚れた心を綺麗に戻す

もしも怒りや恨みといった負の感情が芽生えたら、その存在に気づくだけでよい。そして、それは自分の心を汚すだけのものでしかない忌まわしい汚物なのだということを思い出すだけでよい。

自分の住処と同じように、心というマイホームを快適な場所に維持して行こうというごく当たり前の動機を確認するだけで、掃除は完了する。

ゴミ屋敷に住み続ける必要はない

心というわが家で、怒りや恨みといった汚物と同居し、増殖していく彼らに圧迫されていく生き方は、精神世界のゴミ屋敷で苦しみ続ける生き方に他ならない。

「ゴミ屋敷になど住み続けたくない」とあなたが気づき念じさえすれば、一瞬にしてゴミ屋敷は快適なマイホームへと姿を変えるだろう。これまでゴミを作り出してきたのも、そしてそれを増やしてきたのもあなた自身の心なのだから。

怒りや恨みを捨てて、誰かを赦すということ。それは、汚れて不快な自分の心を掃除して快適なわが家を取り戻す行為である。それによって恩恵を受けるのは、誰でもないあなた自身なのである。

かくいう私も、時折ゴミの中にうずくまっている自分を見つけては愕然とする。そして、その度に気づいては立ち上がり、掃除をする。

Home sweet home.