メモを取れ 記憶は裏切るが、記録は裏切らない

記録を付ける習慣の重要性

二十代の頃身につけた習慣の中で、今の自分に最も役立っていると感じられることの一つが、こまめにメモを取るという習慣である。

自分は読めるが、他人は読めない

若い頃は、A5サイズのコクヨ・キャンパスノートに小さな文字でぎっしりと大量にメモを書き込んでいた。二十代はおもに営業の仕事をしていた。商談時にメモを取る際、お客さんに手元を見られても何を書いているのか読み取られないようにしたいというのが、小さなノートに小さな文字で書く動機だった。

今は、自分以外の人間が一瞥しただけでは判読できないような崩し字で書いている。他人には簡単には読めない上、副産物としてだが、メモを書く速度も上がった。

万年筆でサラサラと書き流す

愛用の筆記具は、一本2百円くらいの安い万年筆だ。書き心地に関するこだわりは特にない。置き忘れたり、人に貸してそのままあげてしまっても、懐がそれほど痛まない程度の値段の筆記具を選ぶようにしている。

万年筆の良いところは、筆圧をかけずにサラサラと流し書きができるところだ。それゆえ、長く書いていても疲れにくい。ただし、書き始めなどにインクの出が悪かったりする。メモを長時間書く場面以外の筆記具としては、ボールペンなども利用する。

コピー用紙がメモ帳代わり

メモ用紙としてはA4サイズのコピー用紙(おそらくこれが一番安いし、どこでも入手できる)を縦に二つ折りして使用し、左右二列に書き込むことにしている。左の列から書いていって、一杯になったら右の列に移るということでもいいし、左側には他の人の発言や意見などを聞き書きし、右側には自分の考えやコメントを書きいれていくというやり方もある。

メモを書いた紙は、クリアフォルダに挟んでかばんに入れておく。大まかな内容ごとにクリアフォルダの色分けをしているので、それほど迷うことなくさっと取り出せるようになっている。

やっぱり手書きに戻ってくる

これまで、Macなどのデジタル機器でメモを取ることを何度も試みてきた。つい最近はiPad ProにApple Pencilで手書きのメモを取ることにも挑戦してみた。しかし、結局、紙に戻ってきてしまっている。もちろん、目の前に話をする人がおらずゆっくりと自分のペースで書き込めるときには、MacやiPadなどの機器を使い入力することが多い。

そして、手書きのメモは基本的にすべてScansnapでスキャンしてPDF形式でファイル保存する。もともとA4のコピー用紙なのでスキャンする時も簡単である。綴じられているノートの場合はこうは簡単にはいかない。また、メモの中でデータとして保存しておくべき内容があれば、時間のある時にMacやiPadなどで入力しておく。

日記をつけることの利点

日常のメモとは別に、日記をつけることもよい効用がある。手書きメモを時系列に並べたり、スケジュール表を眺め直したりすることでも、ある程度過去の出来事を確認できるが、起床時間や食事の内容、そして日々の雑感などもこまめにメモしておくと意外な時に役に立つことがある。

後で役に立つこともあるが、書いている瞬間にいろんなことを考えたり、時には自らの行動を省みたりすることがあるので、日記を書く行為はその時点でもよい効果がある。

記憶は驚くほど曖昧で自分勝手

若い頃は割と記憶力に自信がある方だった。それでも、しばらくたってから過去の記録を読み返した時に、呆れるほど自分が忘れっぽいということだけでなく、自分勝手に記憶を改竄して己に都合よく脳内で過去を作り変えていることにも驚かされた。

五十を越えた今では、記憶力に頼るなどといった恐ろしいことは到底できない。脳みその外側にある記録が助けてくれなければ、日々を過ごすことさえままならない。

そして、自分自身の日々の記録を残すことができるのは、ほとんどの場合、本人しかいないのだ。


メモを取れ。記憶は裏切るが、記録は裏切らない。