就職活動はトーナメントでもリーグ戦でもない

何連敗してもここぞという時に1勝だけすればよい単純なゲーム

企業にも偏差値ランキングがあるという錯覚

大学と同じように企業にも偏差値ランキングがあると錯覚をしている就活生が多い。そして、競争に勝ち抜いて少しでも上位の会社に入らねばならないと必死になっている。

彼らは、そういう会社から内定をもらえれば、親も喜ぶし、自分も周囲に自慢できると単純に信じ込んでいる。そこには世の中の評判や世間体という主体性のない他人本位の基準があるだけで、本人ならではの価値観に基づく評価軸は全く存在していない。

企業を評価する基準はもっと多様で多数の軸でよい

また、就職人気企業ランキングを見ていると、若々しさは失ったが経済的には安定している、自分より二回り上くらいの中年の異性に若者が大勢で群がって求婚しているようにさえ見える。自分が盛りを迎えるとき、相手は老境に入っているかもしれないというのに。

就職先として企業を評価する時には、人気ランキングといった単軸思考から自由になった方がよい。企業を評価する基準も、企業が学生を評価する基準も、もっと多様で多数の軸で構成されているのだから。そして何より、世間の表面的な評価よりも、自分自身の価値観や人生観に基づく評価の方がはるかに大事なのだから。

就職活動はここぞという時に1勝だけすればよい単純なゲーム

就職活動は、一度の負けも許されないトーナメントでも、勝敗差や得失点差あるいは勝率を競い合うリーグ戦でもない。どんなに負けても、ここぞという時に1勝だけすればいい単純なゲームだ。

なのに、みんながみんな全勝しなければいけないかのように気負ってやるから疲れるのだろう。100勝0敗でも、1勝99敗でも、入れる会社は一つだけ。だから失敗を恐れず、チャレンジすればいい。

飾った偽りの自分を評価してもらって何になる

そして、普段通りの自分を、背伸びしない自分を見てもらい、評価してもらえばよい。自分を良く見せるために多少厚底の靴を履くくらいなら可愛いが、竹馬に乗ってまで自分を大きく見せようとするから、面接でも緊張もするし、事前に不安にもなるのだ。しかも、普段どおりにすら歩けなくなるし、話せなくなる。そして、かえって評価を落とすことになってしまうだろう。

それだけでなく、普段と違う盛った自分を評価してもらったとして、入社して実際に働いてからもその姿を演じ続けることができるのだろうか。偽りの自分に好感を持ってもらったとして、それで何が嬉しいのだろう。

普段どおりの精神状態を保つだけでよい

つねに不思議に思うことは、どうして葬式に行くような格好でしか就職活動はできないのかということである。葬式に行くような気持ちだからなのかと尋ねてみたくなる。

事実、就活を始めると学生の9割はどんどん暗く落ち込んでいきゾンビみたいになっていく。残りの1割は妙にハイテンションになり自己啓発セミナーで洗脳されたかのようなポジティブ野郎に一時的に変身する。

ゆえに、普段の精神状態を保つだけで断然有利になるのが就職活動である。

初めてよい返事をもらった会社に腰砕けになってしまう就活生

企業が新卒学生ばかり好きなのは、知識と判断力の両面でうぶな奴しか騙すことができないと認識しているからなのかもしれない。その証拠に、雛が生まれて初めて見た動くものを親と認識するように、恋愛経験のない人がちょっと鼓動が高まると恋と錯覚するように、就活生は初めてよい返事をくれた会社に腰砕けになってしまう。そこは用心が必要だ。

学生に「企業の人はどういう学生を採りたいんですか?」と尋ねられた時には、「一緒に働きたいなと思える人」と答えることにしている。逆に、学生から見て「一緒に働きたいとは思えない人」ばかりいる会社は、どんなに人気企業でもこちらから却下してよいと思う。お互い様なんだから。

「一緒に働きたいな」と思える人はどんな人か

就活生が何事も難しく考えてしまいがちなのも、不安になってしまいがちなのもよくわかる。何度も続けて落とされると自信がなくなってしまうのも理解できる。

でも、そういう時にはもう一度思い出して欲しい。「一緒に働きたいな」と思える人はどんな人かということを。

盛って飾って嘘をついて自分を良く見せる人だろうか。

ハイテンションでポジティブ思考を撒き散らす人だろうか。

自分に自信がなく、つねに嫌われないかおどおどしていている人だろうか。

自分自身の価値観や人生観を持っておらず、いつも世間体や他人の目ばかり気にしている人だろうか。

つねに楽をして儲けることばかり考えている人だろうか。

人を押しのけて蹴落としてでも、自分さえよければよいと考えている利己心の塊のような人だろうか。


すべての就活生の願いが叶いますように。

彼らに幸せが訪れますように。

心を込めて。