何の重荷も背負わない人生はかえって人を不幸にする

重力のない宇宙空間が人間の筋力を奪っていくように

大人になれば自由が手に入る

子どもの頃は、「大人になりさえすれば、自由が手に入るのに」と歯がゆく思っていた。

食べたいものを食べて、夜更かしをして、お金を好きに使っても、誰にも命令されたりすることなどないのに、と。

大人はずるいな、子どもたちにはあれこれ口やかましく指図するくせに、いつも自分たちだけ自由に好き勝手なことをしてさ、と。

子どもに返れば自由が取り戻せる

しかし、大人になるにつれ、「子どもに返ることができれば、自由が取り戻せるのに」という風に、考え方が180度変わってゆく。

大した義務も責任もなく、少々バカをやっても笑って許してもらえ、ほぼ無条件に衣食住の面倒まで見てもらえた子どもの頃が懐かしく思えてくる。

義務や責任のない自由な世界とは

だが、大人たちの自由を縛っているかのように見える義務や責任が全くなくなってしまったら、どんな世の中になってしまうのだろうか。

子どもたちの面倒は誰が見るのだろうか。

年老いた老人たちのお世話は誰がするのだろうか。

誰が働いてこの世の中を支えてゆくのだろうか。

何の重荷も背負わない人生は人を不幸にする

それだけでなく、人を大地に縛り付ける重力のない宇宙空間がかえって不便であるとともに人間の筋力も奪っていくように、何の重荷も背負わない人生はかえって人を不幸にするのではないだろうか。


大人をうらやむ子どもたち。

子どもをうらやむ大人たち。

お互いに相手のことをうらやむ必要はないんだよ。

それぞれに、それぞれの役割と、それぞれの喜びがあるのだから。