「食べるために働く」のだが「それだけでは働けなくなってゆく」のが人間ではないか

なる、なりたい、やる、やりたい、できる、やれる

  • なる(will be)
  • なりたい(want to be)
  • やる(will do)
  • やりたい(want to do)
  • できる(be able to do)
  • やれる(be available to do)

これらが頭の中で混在や混同の状態にある時、仕事や職業に対する向き合い方が混乱しがちだ。

仕事そのものよりも地位や待遇の方が重要な場合

「なる」と人から羨ましがられたり、お金がたくさん手に入るから「なりたい」。

地位や待遇よりも仕事そのものの方が重要な場合

「やる」と充実感や達成感あるいは成長している実感を得られたり、人びとから承認や賞賛そして感謝が得られたりして精神的に満足できるので「やりたい」。

能力の問題と機会の問題

「できる」仕事でも、「やらせてもらえる」とは限らない。

就職(転職)できないと、
就職(転職)しても希望の部署に配属されないと、
希望の部署に配属されてもやりたい仕事を担当させてもらえないと、
「やりたいし、できる」仕事でも「やらせてもらえる」とは限らない。

「食べるため」から「食べるためだけではなく」へ

「できる」&「やらせてもらえる」仕事に出会い、その仕事を「やる」につれて報酬だけでなく手ごたえや満足感が得られることによって益々「やりたくなって」ゆき、そのサイクルを通じて成長していった結果、気付いた時には「なりたい」ものに「なっている」。

「食べるために働く」のだが、やがて「食べるためだけでは働けなくなってゆく」のが人間ではないか。

理想論かもしれないが。