人形は「顔が命」だが、人間の顔は「記録媒体&表示装置」

人格・品格・性格が感情を媒介として表情となり年輪を刻んでゆく

顔よりも性格・品格・人格

人形は「顔が命」なのかもしれないが、人間にとっては、顔よりも性格、性格よりも品格、そして品格よりも人格の方が命により近い。

人格が品格に、品格が性格に影響を及ぼし、それらが感情を媒介として表情として表出されることによって、年輪が顔に刻まれてゆく。

顔は記録媒体かつ表示装置

ゆえに、人間の顔というものの記録媒体かつ表示装置としての役割は大きいし、それゆえ恐ろしいものなのかもしれない。

そういう意味で、アイドルは「顔が命」のお人形さんみたいでも良いかもしれないが、性格俳優になるには個性的で重厚な年輪を刻んだ顔を持っていた方が良いだろう。

悔い改めても年輪は消せない

私も五十歳をとうに過ぎた。

人格が顔に表れていると考えると空恐ろしいし、今さら悔い改めたとしてもすでに刻まれてきた年輪を消すことはできない。

アンチエージングを心がけるのも良いかもしれないが、日々の生活で良い年輪を刻むことを心がけた方が費用対効果が高いような気がする。

若い頃の顔はキャンバスに過ぎない

幼い頃や若い頃の顔の美醜というものは、せいぜい「キャンバスの品質」の違いといった程度の話に過ぎない。

キャンバスとその上に描かれた絵。絵画の価値を決めるのはいずれだろうか。