ヒステリックな人は二種類のタイプに分けられる

正義感に基づく「狂者」と罪悪感に基づく「凶者」

「己に正義あり」と盲信している「狂者」

ヒステリックな人は、大きく二種類のタイプに分けることができる。

一つ目のタイプは、「己に正義あり」と盲信しているがゆえに、ヒステリックになってしまう「狂者」である。

このタイプは、己の偏狭な価値観や世界観のみが絶対正義であると信じ切っているので、そこからわずかでもはみ出している人は短絡的に誰でもみな「絶対悪だ」と断じてしまう。

独善的な正義感が使命感を生む

そのため、他人を見るたびに独善的な正義感から憤りを覚えることが多くなり、世のため人のために愚かな人間たちの考えや行動を矯正してゆかねばならぬという強い使命感に突き動かされることになる。

その結果、理性と感情が同時にアクセルを踏んでしまい、猛烈なスピードで他人を糾弾するとともに、狂者自身が盲信している「あるべき姿」に従うよう強圧的に忠告や指導を繰り返すことになる。

受け容れられぬことが原因でさらにヒステリックになってゆく

ほとんどの人は、そもそも狂者が何に対して怒っているのかがほとんど理解できないので、直接的に不快感を表してしまうか、もしくは関わり合いになるのを避けてやんわり無視するかといった対応を取らざるを得なくなる。それがまた、狂者の歪んだ正義感に火を注いで、ヒステリックな言動をさらに炎上させてゆくことになるのだが。

狂者たちが「教団」を結成していることも

たまに、このタイプの凶者たちが共通の旗のもとに集結し、いわゆる「教団」の類いを結成していることがある。そうなると、一般に及ぼす害も無視できないほど大きくなる。さらに、興味深いのは、その教団内部でもささいな見解の相違を巡って血で血を洗うような内部抗争が起こることがよくあることである。

かように、こういうタイプのヒステリックな人たちにはなるべく関わらないでいる方が諸事無難と思われる。

「己に非あり」と自覚している「凶者」

ヒステリックな人のもう一つのタイプは、「己に非あり」と自覚しているがゆえに、ヒステリックな言動を意図的に繰り返している「凶者」である。

このタイプは、たとえ己に非があったとしても、狂ったように振る舞って理性的な対話を拒絶し通せば、相手を諦めの境地に追い込んでその場を逃げ切ることができるという成功経験を過去に何度か積むことによって味をしめてしまっていることが多い。

モラルや自制心が欠如してゆく「凶者」

そして、回を重ねてゆくうちに、非常識な行為をいくらやってもこの手を使えばいつでも逃げ切れるという安心感から、凶者たちのモラルや自制心は徐々に失われてゆくことになる。

もう一つのタイプである狂者たちは歪んでいるとはいえ少なくとも正義感に基づいて行動しているのに対して、この凶者タイプの人たちは己が犯している罪悪を自覚しつつ、それをごまかして逃げきるためにヒステリックな言動を演じているという点で神をも恐れていない。


もちろん狂者もとても怖いが、本当に悪質で恐ろしいのは凶者の方であることは言うまでもない。