「ほめ流し」や「ほめ殺し」よりは愛のある「毒舌」の方が良い

ツボにはまった毒舌はハリ治療のようなもの

波風立てぬ「ほめ流し」

波風が立たないように、とりあえず何でも「ほめ流し」という無難な応対を心がけていると、確かにその場では相手を気持ちよくさせることができるかもしれない。

なかなかいいですね

いいんじゃないでしょうか

素晴らしいですね

満足です

「ほめ流し」が「ほめ殺し」という意図せざる結果を生む

しかし、長い目で見たときには、相手に「遅効性の毒」をプレゼントするようなことにもなりかねない。

たとえば、消費者や顧客から耳障りの良いフィードバックばかりを聞かされて慢心してしまうと、顧客や市場のニーズ変化について鈍感になり、競争から脱落してしまう危険性が高まるかもしれない。

また、教師が学生に迎合するがあまり、気になる点について注意や指導をしてわざわざ反感を買うのを恐れ、「いいんじゃないかな」と適当に口先だけでほめて流していると、学生の気づきや成長の機会を奪ってしまうことになるかもしれない。

無難な「ほめ流し」が、「ほめ殺し」という意図せざる結果を生む。

「けなし生かし」の方がまし

「ほめ流し」や「ほめ殺し」は、短期的には相手を気持ちよくさせるが、長期的には相手に害を及ぼすことにつながる。

それならば、その場では相手の不興を買ってでも、気づきに基づく改善や成長の機会をプレゼントする「けなし生かし」があっても良いのではないか。

もちろん、「けなし殺し」になってしまえば、それは単なる悪口やいじめに過ぎない。

「けなし生かし」は、長い目で相手のことを思った上での「毒舌」である。


毒舌と悪口は似て非なり。

毒舌はハリ。

うまくツボにはまれば治療になる。