ヒトやモノを粗末に扱っているのに決して手放そうとはしない「邪悪な家」

断捨離が負のオーラの発生を防ぐ

会社にはそれぞれ特有のオーラがある

二十代の頃は外回りの営業の仕事をしていた。法人向けの高額なシステム機器を扱っていたので、ある程度以上の規模の会社が訪問先となるのだが、どの会社にも受付に足を踏み入れた瞬間に感じるその会社特有のオーラとでも呼ぶべきものがあった。

目で見えるものや鼻で感じる匂いなども含まれるのだろうが、それ以上に体全体を包み込んでくるオーラのような感覚の方が大きかった。そして、何回か訪問していくうちにだんだんと感じなくなってゆくのも不思議だった。

第一印象はかなり正確

最もそれを強く感じる初回の印象というものが、後々わかってくるその会社の社格、人間で言うところの人格をよく表していることがほとんどだったということも面白かった。

第一印象の正確さは侮れないということだ。

時々、足を踏み入れた瞬間に、「うわっ、この会社何か負のオーラを感じるなぁ」という時には、後々「そもそも最初から関わらなければ良かった」と後悔させられるような結果が待っていることが多かった。もちろん、そういった先入観があるからそういう結末を招くことになっただけなのかもしれないが。

黴臭くて埃っぽい不快な空気感が漂う店

その後の人生で、そのような強い負のオーラを感じたお店が2軒あった。とあるリサイクルショップとペットショップである。どちらも店に入った瞬間に、覆いかぶさってくるような嫌な感じに体を包まれた。黴臭くて、埃っぽいような、息を吸い込むのさえためらわれるような不快な空気感であった。

2軒のお店がその後どうなったのかはわからない。とにかく店の前を通ることが憚れるくらい、今でも近寄るのが嫌でしょうがないのだ。

完全に放棄された廃墟からは負のオーラは感じない

自分たちの支配下や管理下に置いているモノや生き物に対して、異常なまでに強い執着だけは有しているくせに適切な配慮や手入れを怠っている場合に、負のオーラが発生しやすいように思える。

完全に放棄された廃墟からはそれほど強い負の感じは受けないのだが、外観がボロボロで年代物のゴミであふれ返っているのに、新しい新聞が差し込まれていたり、洗濯物が干してあったりしていて、妙にナマナマしい生きている人間の気配がするという建物から一番強く邪気を感じる。

第一印象の形成には動物としての本能が働く

これは非科学的な話やスピリチュアルな主張ではなく、五感に代表される人間の感覚器官が総合的に大脳に伝えてくるある種の情報なのではないだろうか。

第一印象というのは、その対象物が自分にとって安全か否かを瞬時に確かめる目的で形成されるものである。無意識のうちに動物としての本能が敏感に働くことになるので、そういったオーラを認識しやすくなっているのかもしれない。

粗末に扱っているのに執着して手放そうとしない

「ヒトやモノを粗末に扱っているのに、決して手放そうとはしない」というある種の邪悪な思想というか文化といったものがいろんなところに表れている組織や人から、私自身は負のオーラを感じるのだと思う。

会社の玄関近くに古びて何年も動かしていないような自転車が乱雑に置かれている。

何年も風雨にさらされてボロボロになってふやけた不揃いの段ボール箱がいくつも山積みされている。

死んだ魚の目をしたような従業員たちが、マスクをしたまま無表情で働いていて、こちらを見ようともしない。

粗末に扱っていれば、本来ヒトもモノもいなくなるのが当たり前

粗末に扱っていれば、ヒトもモノもその人たちの周りからいなくなる。本来ならごく当たり前のこと。

そして、それらを無理やり手元に引き寄せつつ留め置いていると、やがて邪悪な家ができあがる。

断捨離が負のオーラの発生を防ぐ

「断捨離」という行為は、必要とする最小限のものは手元に留めて大事に接するが、それ以外のものは潔く手放して自由にしてしまう。それによって、負のオーラが発生することを未然に防ぐための手段となっているのかもしれない。


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