昭和の独身寮での体験談:二段ベッド四人部屋での日々

ただの「思い出ダラダラ」です

四人部屋の独身寮

新卒で入社した会社には、実家から通勤できる者を除き、大卒と高専卒の新入男子社員は全員独身寮に入るべしというルールがあった。

4人で一部屋、約10畳。向かい合わせに二段ベッドが二つあり、その奥にやはり壁に向かって左右に二つずつ机があった。二段ベッドと机の間には上下に分割された小さな開き戸の収納スペースがあった。

プライバシーなど丸裸

一人になることのできる空間と言えば、カーテンを引いたベッドの上だけという、入院患者や寝台列車の乗客、あるいはカプセルホテルの宿泊客も真っ青という開けっぴろげのプライバシー環境だった。

また、私物や私服なども最低限の物しか置けないため、強制的に断捨離の修行を強いられていたようなものだった。会社側の設計思想としては、独身社員の服なんてスーツと作業着、私服1セットとジャージくらいあれば良いだろうというものだったと思われる。

皇太子殿下のために突貫工事で作った洋式便器

当然ながら、風呂も洗面所もトイレも共同であり、トイレは和式のみ。ちなみに、3階建ての寮の1階に一つだけ洋式便器があった。

今の天皇陛下が皇太子だった時代に(というか私が寮にいた当時もまだ皇太子だったのだ!)、本社工場を見学にお見えになったことがあったそうである。

その時、万が一「独身寮を見てみたい」と言われて寮にお見えになることになり、さらに万が一急にトイレを利用されるようなことになって和式便器しかないとお困りになられるかもしれないという理由で、突貫工事で洋式化されたという伝説が残されていた。

本当の話かどうかについては今でも不明だが。

ムショの暮らしも意外や楽し

こういう風に書くと、囚人のような暮らしでさぞ辛かっただろうと思われるかもしれないが、ひとたび暮らしてみると人間というものは何にでも適応してゆくようにできているようで、それなりに楽しく日々を過ごしていた。

部屋にいると、同室の人間が誰かしら居るので話し相手になるし、仲の良い同期が部屋に遊びにくることもしょっちゅうだった。新入社員特有の企業文化に対する驚きや不満、理不尽な扱いを受けたことへの愚痴など、情報だけでなく感情も共有してゆくことになるので連帯感が醸成されていった。

そのため、実家から通うことのできる新入社員が寮生たちの仲の良さを羨んで「オレも寮に入りたい!」と漏らすことがあるくらいだった。こちらとしては、自分からムショに入りたいとか変わった奴だなくらいにしか思わなかったのだが。

食いっぱぐれはない

また、何もしなくても朝食も夕食も用意されていて、米ならいくらでも食べることができた。大して美味しくはなかったが、食べられないほどまずいというわけではない。たぶん、刑務所よりは良い食事だったと思う。

一度、二泊三日で新入社員全員が自衛隊に体験入隊させられたが、その後寮に帰ってご飯を食べた時「うわっ、うまい!」と皆で声を上げて騒いだことを覚えている。自衛隊のご飯には麦がたっぷりと混ぜられていたからである。

3年で結婚相手を見つけて出て行けという発想

独身寮の入寮期間は大学卒が3年間だった。たぶん会社の考えとしては、3年くらいあれば結婚相手を見つける期間としては十分だろうという元々の発想だったと思われる。

しかし、ちょうどその頃から晩婚化や非婚化が急速に進み始めたのである。女性は24歳までに結婚しないと、12月25日以降のクリスマスケーキが叩き売りされるのと同じような扱いを受けるなどと言われていた、今では考えられないような時代であった。

寮母さんは住み込み

寮には警察を定年退職したコワモテの男性寮監と、アラフィフの寮母さんが居て、寮監は通いだったが、寮母さんの方は住み込みだった。

寮の門限は確か23時だったと記憶しているが、それを過ぎると玄関に鍵が掛かる。門限破りをした場合には、インターホンで寮母さんを起こして開けてもらわないといけない。

大抵嫌な顔をされるし翌日寮監に報告が上がるのだが、日頃から寮母さんと親しくしている寮生は「仕方ないねぇ」と大目に見てもらえるのだった。

電話がかかると館内放送で呼び出し

当時、寮には電話は事務室に1台と公衆電話1台しかなかった。外から寮生に電話をしたい場合には、事務室に電話をかけて取り次いでもらうのである。

電話がかかってくると、館内放送で「〇〇さーん、お電話が入っていまーす」と呼び出され、事務室に行くと寮母さんなどから「いつもの彼女よ、うふふ」などと冷やかされたりした。

電話の相手も内容も筒抜け

そして、誰それにはよく電話がかかってきて、それはどうも彼女らしいといったことから、あいつは何人もの違う女から電話がかかってくるので相当遊んでいるようだといった情報が共有されてゆくことになる。

何と言っても呼び出しは館内放送されてしまうし、寮母さんの目の前に置いてある電話で話すのだから話の内容や声のトーンなど筒抜けである。

うん、今書いていても昭和だ。明治でも大正でも、もちろん平成でもなく、まぎれもなく昭和の光景である。


本当は、独身寮の話から、現在そしてこれからの暮らし方について話を展開してゆこうと思って書き始めたのだが、もうどうでも良くなってしまった。

何の学びにも教訓にもならない「思い出ダラダラ」な記事になってしまったが、たまにはご容赦くださいませ。