自動運転車の普及は非合理的でヒステリックな反応によって阻まれることになるかもしれない

「人間が運転する車」が2時間に1人ずつ殺している現実からは目を逸らして

日本では毎年4千人が交通事故で死亡

http://www.jtsa.or.jp/topics/T-263.html

平成27年中の交通事故死者数は4,117人で、15年ぶりに増加となりました。
1日平均の死者数は11.3人で、2時間8分に1人が交通事故で死亡しています。

日本では毎年4千人もの人が交通事故で死亡している。

大半は、「人間が運転する」自動車によって殺されているようなものだ。

「自動運転車は安全ではない」と8割が回答

http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20170126/Recordchina_20170123034.html

デロイト トウシュ トーマツが17カ国の消費者2万2000人を対象に実施した調査によると、自動運転車は安全ではないと考える人の割合は、韓国が81%で最も高く、日本が79%、米国が74%、インドが64%、中国が62%だった。

一方、自動運転車が安全ではないと考える人の割合は、約8割と圧倒的だ。

自動運転車はまだ技術開発途上にあるものの、現時点でさえ、「人間が運転する車」に比べれば遥かに安全だと、私は思う。かく思う私は、日本でも世界でも圧倒的に少数派なのだろうが。

「人間が運転する車」が人を殺してもニュースにはならないのに

おそらく、近い将来、自動運転車が普及し始めた時に1件でも死亡事故が起こったならば、マスコミがこぞってその事件を大々的かつセンセーショナルに取り上げるだろう。

キャスターやコメンテーターが眉を吊り上げて「これは殺人マシンです!」とか「怖いですね、おちおち外も歩いていられません」といったような感情的な発言を繰り返して大衆を煽るのではないだろうか。

一方で、2時間に1人の割合で人を殺し続けている「人間が運転する車」の事故については、しょっちゅう起きているありふれた事件としてほとんど報道すらされないのだろう。

新しいものには完璧を求めて拒絶する愚かさ

既存の技術や制度は割と大ざっぱに動いているのに、新しいものには完全や完璧を求め、小さな瑕疵を見つけては普及を阻止しようとする。

怪しげなイカダに乗っているのに、横付けしたボートを全力で転覆させようとして、「ほら、危険性があるから、乗り移れない」と。

一般市民を殺人者に変えてしまうほぼ唯一の可能性が自動車事故

この日本で、善良な一般市民が過失によって他人の命を奪ってしまうほぼ唯一の可能性を持っているのが自動車運転中の人身事故ではないだろうか。

超高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えたことによって起こる事故や、居眠り運転の車が登校中の児童の列に突っ込んだ事故などを聞くたびに、普通の人を殺人者に変えてしまう自動車の怖さを改めて思い知らされることになる。

死亡事故がゼロにならないのならば、今の方がマシなのか

自動運転車が普及すれば、交通事故で死亡する人の数は十分の一、百分の一に減るのではないだろうか。それでも、ゼロにはならないだろう。

その時、「ゼロにならないならば、機械に殺されるより、人間に殺されている今の方がマシ」と考える非合理的でヒステリックな意見に流されないようにしたいものだ。