クルマを持たずに生きてゆくことの経済的&精神的メリットは大きい

「個有から共有へ」&「所有から利用へ」という変化

幼い頃はクルマ博士だった

5歳の頃、私はクルマ博士だった。

一瞥するだけで道を行き交うすべてのクルマの名前を言い当てていたそうだ。

当時は、車種やモデルが今ほど多くなかったのでそれほど大した話ではないのだが、私が大きくなってからも両親はこの話を繰り返し話して聞かせた。

絵や音楽といった芸術的才能はまったく無く、運動もそれほど得意ではなかったので、親からすると「クルマの名前を全部言える」くらいしか褒めるネタがなかったのではないかと思う。

幼い頃は変わり者だった

ちなみに、ちょっと変わった子どもだった(らしい)。

姉ときょうだい喧嘩をして、「反省するまで外に立っていなさい」と家から締め出された時のこと。

姉は扉や窓を叩いて「入れてよー」と泣き叫んでいたらしい。

私はというと、「やれやれ、これでようやく自由の身になれた」とばかりに、普段ここから先には一人では行ってはいけないと言われていた町境を越えてトコトコとどこまでも歩いていた。ぼんやりと覚えている。

「元クルマ博士」がクルマで博士号を取る

話が逸れてしまった。クルマの話に戻ろう。

長じて、私は自動車流通を題材に取り上げて博士論文を書いた。

自分から積極的にクルマについて書きたいと思っていたたわけでは無い。いろんなご縁と偶然の重なり合いの結果、そのテーマにたどり着いた。

しかし、「元クルマ博士」が本当の博士号を取るためには、それは必然の結果だったのかもしれない。

クルマを手放して六年目

それほどクルマに縁があった私が、今は自家用車を持っていない。クルマを完全に手放してから六年目に入ろうとしている。

きっかけは米国に一年間滞在したことだった。

渡米時に自家用車を売却したので、帰国したらすぐにクルマを買おうと考えていた。

しかし、帰国してみると、家のことやら仕事のことやらで何かと忙しくて、自動車ディーラーなどに行っている暇がない。クルマを買わねば買わねばと思っているうちに、2ヶ月ほど経ってしまい、ハタと気がついた。

クルマが無くても何の問題も無いし、むしろ気持ちがスッキリしている。

クルマを買うためにもクルマが必要

クルマを買うためにはディーラーを回り、情報を集めて、商談をして、値切って、注文をして、さらにそこから納期がかかって、車庫証明に必要な書類を集めて、駐車場を借りて、といった具合にやらなければいけないことが山ほどある。

しかも、自動車ディーラーというものは、基本的に郊外にある。駅前のショッピングセンターの中に入っていたり、コンビニのようにそこら中にあるわけではない。

つまり、徒歩や公共交通機関を利用してディーラー巡りをしようと思ったら、ものすごく大変なのだ。

クルマを買うためにもクルマが必要なのだ。

何ということだろう。

クルマが管理下にあることの煩わしさ

そして、クルマが自分の管理下にあるということは、想像するだけで煩わしい。洗車、掃除、給油、オイル交換、タイヤ交換、車検、保険、税金、買い替え時のディーラーとの交渉など、考えただけでもゾッとする。

クルマそのものが嫌いになったわけではないし、運転することがイヤになったわけでもない。今でも、レンタカーやカーシェアリングなどで借りたクルマは運転するし、それが苦になるわけでもない。

私自身とクルマの関係は、「個有から共有へ」&「所有から利用へ」にシフトした。

これで、諸々の管理責任を手放すことができて本当にスッキリした。小さいとは言え、肩の荷が降りるとはこういうことを言うのだろう。

クルマがないとお金が浮く

クルマがないと、よく歩くようになる。そして、バスや電車などの公共交通機関をよく利用するようになる。

そして、何よりお金が浮く。

クルマを1台所有すると、私の場合は、最低でも年間50万円以上は必要になる。

200万円のクルマを買って、十年間乗ったとして、年20万円。駐車場が月1万5千円なので、年18万円。税金で9万円。保険で6万円。もう50万円を超えている。

これに、ガソリン、オイル、タイヤなど、利用コストを加算してゆくと、恐ろしい金額になる。毎月最低でも5万円以上をクルマのために貢ぎ続ける勘定になる。

15分間208円ですべてコミコミのカーシェアリング

ところが、カーシェアリングやレンタカーを使っても、わが家の場合、通常月に5千円を超えることはまずない。

タイムズカープラスというカーシェアリングの場合、15分間206円でガソリン代も保険代もすべてコミコミである。ニコニコレンタカーの場合、12時間で2525円である。

もちろん、カーシェアリングなどが普及しておらず、自家用車なしでは暮らせない地域が日本のほとんどであることは理解している。

そして、そういう地域でクルマ無しで過ごしている独り暮らしのお年寄りなどがどれほど不便な生活を送っているかということも想像がつく。

クルマを手放したことで得られたこと、学んだこと

私が恵まれた地域に住んでいる恵まれた人間であるという前提の上での話だが、私はクルマの断捨離に成功した。

個有から共有へ

所有から利用へ

私がさらに無理せず快適に断捨離を進めて、そこから経済的にも精神的にも大きなメリットや安らぎを得てゆくためには、このあたりに大きな手がかりやヒントがあるような気がする。


みなさんも一度思考実験してみてはいかがでしょうか?

絶対に必要だと思っていたものの中から、本当は利用できさえすればよくて、あえて所有する必要はないというものが色々と出てくるかもしれませんよ。